▼【6】:おそらく、『イノベーションへの解』の処方箋のすべてを完璧に理解し、操れるのはクリステンセンしかないのではないか。『イノベーションへの解』の理論的完成度(「秀才度」)を見るにつけ、そう思ってしまう。自分の理解不足なのだろうが、クリステンセンが示す解(および理論)が一歩足を踏み外せば転落してしまうような、危うい均衡の上に成り立っているように見えてしまうのだ。関連して、米長邦雄永世棋聖の言葉が連想される。米長邦雄永世棋聖でさえ、このように言っているほどなのだ(もっとも、米長棋聖は奇才・多才であるのだが)。他は推して知るべしだろう。以下、「雑記帳(メジャーリーグ、将棋、抜書き) by Mochio Umeda」の2004年5月16日の抜き書き からの孫引き。
To tell you the truth, I've always thought management was kind of a boring subject. Judging by the books I've read on the subject, it's 95 percent common sense and 5 percent warmed-over advice from yester-decade. So why am I leading off this book with the topic of management?
Because, to give the devil its due, most of the high-leverage, high-visibility things that happen in the software field are about management. Most of our failures, for example, are blamed on management.
では、内容を吟味してみよう。どのように読解するするかにもよるが、最初の※印の箇所「マネジメント※とは95%は常識で…」というのはおそらく違うだろう。この文の主語 It は 前文の the books(マネジメントに関する本)を指しているのではないか。2つ目の※印の箇所「大昔から引き継いできた※教訓」は単純な誤訳。warmed-over は、「(議論・意見などが)蒸し返しの」という意味だ。3番目の※印の箇所「公平に見ると※」は文章がつながらない。「to give the devil its due」は、「いやなやつでも評価すべきところは評価してやる」の意。「公平に見ると」でもよい場合はあるが、著者は「マネジメントなんて気に入らない」という態度なのだから、ここでは不適切だ。
管理(コントロール)と制御
本書では management を「管理」としているため、PMPなどのプロジェクトマネジメント技法を学んだ者にとっては、とまどう表現が登場する。前述のように、一般的な理解では「管理」とは control の訳語だということを頭に入れて、以下の引用をお読み頂きたい(原文を併記する)。
「測定できないものは管理できない」
"you can't manage what you can't measure"
「測定できないものは、制御できない」
'you can't control what you can't measure.'"
(邦訳書、第2部 第5章「ウソ1」、249-250ページ)
この言葉はデマルコが『Controlling Software Projects』の冒頭で述べた言葉である。デマルコは、誤って "you can't manage what you can't measure" と書いてしまったとグラスに告白している(正しくは、'you can't control what you can't measure.'" )。プロジェクトマネジメント分野での通常の理解では、「管理」も「制御」も control のことだと思ってしまうため、この2つの文は同義になってしまう。デマルコが誤って書いた前者のほうの「管理」は「manage」のことだと、いちいち頭を切り換えないといけない。
知識労働者とは、今までは医師、弁護士、教師、会計士、化学エンジニアなど一部の人たちを指していた。これに対し、テクノロジストとは、コンピュータ技術者、ソフト設計者、臨床検査技師、製造技能技術者などを指す。テクノロジストは、「知識労働者であるとともに肉体労働者でもある。むしろ頭よりも手を使う時間のほうが長い。だがその手作業は、徒弟制度ではなく、学校教育でしか手に入れない知識を基盤とする。とびぬけて収入が多いわけではないかもしれない。しかし、彼らは、プロフェッショナルである」と書かれている。
※『ネクスト・ソサエティ』P. F. ドラッカー著、ダイヤモンド社
筆者が、管理の重要性を認めたくないのには、理由がある。筆者がソフトウエア技術者として、まだ駆け出しのころ、人生の岐路に立たされた。これまで通り、エンジニアとして自分の好きなプログラムを作るか、マネジャーになるかだ。
Why do I hate to admit it? Early in my career, I faced the inevitable fork in the road. I could remain a technologist, continuing to do what I loved to do—building software, or I could take the other fork and become a manager.
管理者は当該プロジェクトのプログラマに、これまでで最も成功したプロジェクトはどれだったか、と聞いた。
He asked the technologists on the project to talk about the most successful project they had ever worked on.
続いて63ページ。
このプログラムを開発することは、技術的に大きなチャレンジだった(データによると、エンジニア連中は、技術的に困難な問題を解決することに、大きな喜びを覚えたらしい)。
Developing the product had been a technical challenge. (Lots of data show that, most of all, technologists really like overcoming a tough problem.)
マネジャーは、片方の手でモチベーション教育や品質確保の方法論を進めながら、もう一方で、厳しい工程を押しつけ、品質を下げている。管理者は、両方を同時には強制できないし、エンジニアも馬鹿ではないので、同時にできないことは承知している。
Management is motivating and methodologizing with one hand and applying antiquality schedule pressure with the other. It is simply not possible for those managers to have it both ways. And most technologists are smart enough to know that.